ガネしゃん

「人生に悔いはない」生き方がしたい主婦です。

【世界遺産】登録基準6のみにはどんな遺産があるのか

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私が素晴らしいと思うものは、夫や子どもたち、友人や外国の方たちにも同じ様に素晴らしいと思ってもらえるのでしょうか。

その価値を表すものとして「世界遺産条約履行のための作業指針」があります。

そこには、世界遺産の登録基準や世界遺産の登録の手順、危機遺産の登録基準などが定められています。

登録基準には1~10の登録基準がありますが、今回取り上げる世界遺産は【登録基準6】のみの世界遺産です。

 

【登録基準6】とは

顕著な普遍的価値をもつ出来事もしくは生きた伝統、または思想、信仰、芸術的・文学的所産と、直接または実質的関連のあるもの(この基準は他の基準とあわせて用いられることが望ましい)

人類の歴史上の出来事や伝統・宗教・芸術と関係する

広島平和記念碑(原爆ドーム)など

アープラヴァシ・ガート

モーリシャスの首都ポートルイスにあるアープラヴァシ・ガートは、1834年から1910年まで主にインドからわたってきた労働者の迎え入れに使われた場所でした。

アープラヴァシ・ガートとは、ヒンディー語で「移民海岸」や「移民発着所」という意味なんだそうです。

奴隷解放令が成立すると、製糖業で人手不足問題となりました。


そこでイギリス政府は労働力調達のために、新たな仕組みを決めたのです。

 

1834年に「契約移民労働」という名前で、フランス系モーリシャス人やイギリス人の農園主たちは、奴隷労働に代わってインドから奉公労働者を使用する実験場として、モーリシャス島を選んだのでした。


この仕組みは「クーリー貿易」と呼ばれ、やってきた労働者たちは「クーリー」と呼ばれました。


最初のインド系移民たちの大多数は、インド東部のビハールから。

 

この迎え入れ施設は、当時「クーリー・ガート」と呼ばれていました。

 

この受け入れ施設からサトウキビのプランテーションや製糖所に送られたインド人、そして、オーストラリア、アフリカ大陸やカリブ海地域に送られたインド人など、全部で約45万人もの人々が移送されたんだそうです。

 

現存する施設は1849年に作られたものです。

【登録基準6】のみの理由について考える

「奴隷制」から「契約移民労働」へ移行する実験場だった負の遺産。

 

それまでの奴隷制度とは異なり、教育を受ける事は許されていたようですが、当時の生活は過酷で厳しく刑務所のようだったと言われています。

 

結局奴隷制度となんら変わらないまま「負の遺産」となったアープラヴァシ・ガート。

 

現代社会でもある「契約労働」発祥の地として高く評価されたということで2006年、世界遺産登録となりました。

 

 

バッファロー狩りの断崖

カナダ南西部、アルバータ州にある5000年以上前から先住民ブラックフット族がバッファローの追い込み猟を行っていた地。

 

ブラックフット族は、高さ10~15mの断崖にバッファローの群れを追い込んで飛び込ませ、崖の下では、槍や石斧を持って待つ者がとどめをさしていました。

子どもの頃見ていたマンガ「ギャートルズ」を思い出してしまいました。

 

※原始時代の生活を描いた漫画で10歳くらいの男の子が主人公。

父ちゃんがマンモスを仕留めた後に母ちゃんが料理するマンガ肉がたまらなく美味しそう。

 

ギャートルズに出てくるマンモスの肉のように、バッファローは食料としてやテントや衣類などに利用、骨や角は生活用品に加工されていたんでしょうね。

 

【登録基準6】のみの理由について考える

1938年からの発掘調査で、10mにもおよぶバッファローの骨や解体に使用された道具などが見つかり、ブラックフット族の狩りの方法や彼らの伝統的な暮らしが分かるという点で【登録基準6】となったのですね。

 

 

 

世界遺産には人類にとって、現在だけでなく将来世代にも共通した重要な価値を持っています。

 

今の便利な暮らしからは想像がつかないですが、日々生きていくために、命をかけてバッファロー狩りをするのも大変です。

食べるものがなくなれば狩りをし、常に身の危険を感じながら夜を過ごす。

 

またアープラヴァシ・ガートでは、過酷な労働のために送られて働き詰めだった人生。

 

そういった歴史を考えると、ボタン1つで何でも出来る今置かれている環境に感謝し、自分が出来ることを精一杯やって、毎日を大切に過ごそうと思います。