
2025年7月、第47回世界遺産委員会がフランスのパリで開かれ、現在の世界遺産は1,248件となりました。
フランス・パリといえば、「花の都」と呼ばれ、その昔、毎日のようにヴェルサイユ宮殿で舞踏会が開かれていた当時の華やかな貴族の生活が思い浮かびます。
しかし、そこには驚くべき残念な事実がありました。
世界遺産ヤバすぎる!?驚くべき残念な事実【ヴェルサイユ宮殿】バロック様式
フランスの首都パリから南西約20㎞にあるヴェルサイユ宮殿。
世界遺産としても有名です。
登録基準は(ⅰ)(ⅱ)(ⅵ)
(ⅰ):人間の才能
(ⅱ):文化交流の証明
(ⅵ):人間の文化と強く結びつく物件
バロック様式とは
大航海時代などに栄えた過剰な装飾や凹凸の強調、絵画などによる内装を特徴とする様式。
バロックとはゆがんだ真珠を意味します。
権力を示すため、フランス国王ルイ14世の命でつくられたヴェルサイユ宮殿は、やり過ぎた装飾がなされたバロック建築の代表作になっています。
特に「鏡の間」は外国からの客をもてなす為の部屋で、高価な鏡が578枚も飾られ、豪華なシャンデリアは、54個もありました。
豪奢の極みだった当時のヴェルサイユ宮殿。
しかしそこには以外な落とし穴が…
バロック様式ってさ、ちょ〜かっこいーよね
トイレも、きらびやかだったりしたの?

それがさ〜高級なトイレはあったんやけど…
知ったらヤバすぎてひくかも!?
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えっ?どういうこと?

それは悪臭と汚泥に満ちた中世のパリでした。
そんな彼らのトイレ事情について学びます。
気になる!?ヴェルサイユ宮殿のトイレ事情
※お食事をされている方がいらっしゃったら、気分が悪くなる可能性がございます。ご了承お願い致します※
当時のフランスはバロックやロココ様式という繊細で可愛らしい建物にファッションもかわいらしいものが流行っていました。
スタイリストさんに髪型をセットしてもらったり、特注のドレスを着て、毎日のように舞踏会を開いて自慢のファッションを披露していました。
そんなきらびやかな生活でしたが、その裏では残念な事実があったのです。
それはトイレ事情。
当時の宮殿にはトイレがありませんでした。
それではまず、トイレの歴史について簡単にみていきましょう。
上水道が生まれる
水は生きていく上で大切で都市の衛生にも大きく関係しています。
人類は川、湖などきれいな水があるところで住んでいました。
ところが、文明が発展するにつれて人々が都市に集中すると、水不足になっていきます。
綺麗な水を供給するためには、設備が必要です。
そのために、上水道が出来ました。
上水道は、郊外の湖や川の上流から水路を作って街まで流れていきます。
綺麗好きだった?古代ローマの時代
最初に大きな上水道を敷いたのは、古代ローマ人。
彼らは水を貴重なものとし、上下水が整備されて、汚物を水で洗い流すトイレも作っていたんですね。
しかも彼ら、公衆トイレも作っていたそうで、なんと1600個もの便器が見つかっています。
数十キロも離れたところから綺麗な水を都市まで引くその技術は素晴らしく、石材やレンガでアーチ構造の水道橋をつくり、水の透明さを保つのに、水道本管にそってため池や、ろ過池を設けました。
フランス南部のガール川に架かる水道橋ポン・デュ・ガールは、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの時代につくられたもので、古代ローマの高い技術力がみられます。
そんな素晴らしい技術と綺麗好きだった古代ローマ人でしたが、ローマの滅亡とともに、上水道は大部分が破壊されてしまいました。
上水道も下水道も中世末期まで光があたることはありませんでした。
そしていつの間にかトイレも姿を消してしまったのです。
当時のキリスト教の教えにより、肉体をさらす入浴は罪とされ、入浴やお風呂もなくなってしまいました。
高度な水道技術を持った古代ローマ都市やったのに。
衛生面において、無視されたんやね。

糞便だらけのパリの街
そうなるとパリの街はどうなってしまうでしょう?
想像すると恐ろしい状態です。
当時の人々はパリの衛生問題を自分たちの問題として考えていませんでした。
道路や広場は汚れ放題、その結果、糞便が地下に沁み込み、井戸を病原菌で汚染してしまいます。
えらいことなってるやん。臭かったやろ。
そういや日本人は、平均で1日200グラムほどのうんちを出すねんて。

悪臭やし。
イギリス人は100グラムらしいで。
フランス人は美食やからもっとかなぁ。
それら全部捨てられてたんやで…
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次のようなおぞましい詳細を書くのはこの男をよく知ってもらうためであるが、彼は多量に排泄した。受け皿が一杯になると召使がそれを引き出し、一座の人間の鼻先を通って捨てに行く。
当時のドレス
当時の貴族の女性の服装は、大きく広がったスカートにパニエと呼ばれる枠をつけてスカートを大きく見せていました。
裾が広がったスカートはオシャレは勿論ですが、別の理由はどこでも用を足せるということ。
襟や袖口はレースやリボンなどで飾り、頭はなんと1度結ってもらうと1週間結ったままでした。
ハイヒールが出来た訳
17世紀初めに作られたハイヒールは、汚物のぬかるみでドレスの裾を汚さないためです。
ハイヒールの高さは、かかとだけでなく、つま先も高く、なんと60センチもの高さがあったそうです。
ヒールの高さ高すぎ(笑)
せやけど、そうしな服につくか

今でいう厚底やわ
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2階から投げ捨てられる糞尿
街では、2階や3階から尿瓶(寝室用便器)の中身が道路に投げられていました。
やめて~嘘やろ~
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空から降ってくる汚物を、避けるためマントが必要でした。
そんなマント洗いたないわ…
って洗ってたんやろか…
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実は、紳士が婦人をエスコートするようになったのは、空から降ってくる汚物を、避けるために婦人を道路の真ん中に歩くようエスコートしたからと言う理由があったのです。
当時は服も洗わないしお風呂やシャワーも入る習慣がありませんでした。
ほんま臭くてたまらんかったわ
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香水ができた理由
トイレもままならない、シャワーも浴びない、洗濯もしない。
町中全体がそうなると、悪臭は想像を絶するものだったと思います。
そういった理由でその臭いをごまかすために、香水をつけたのが始まりです。
古代ローマ人と違って見かけは美しく着飾っていた当時の貴族たち。
便意をもよおせば所かまわず、排泄していました。
そんな17世紀のフランスを代表する【ヴェルサイユ宮殿】実は宮殿にもトイレはありませんでした。
うちもけっこう苦労したんよ
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このトイレ問題、実は現在のヴェルサイユ宮殿もトイレは少なく、観光客はもちろんパリっ子も悩む所。
なるべくトイレを済ませてからの見学をおすすめされています。
【世界遺産】ヤバすぎる!?驚くべき残念な事実【ヴェルサイユ宮殿】まとめ
毎日のように舞踏会をしていた貴族たち。
多くの貴族や使用人はおまるに用を足し、舞踏会に参加する貴族たちも携帯の便器を持参していたようです。
そしてその中身は宮殿の庭に捨てられて、その手で食事やダンスをしたのだと思うと怖いですね。
どんなに着飾っても不衛生だと病気になったり気分を害します。
香水等でごまかしても悪臭は漂っていたように思います。
当時は「花の都」ではなく「鼻のもげる都」だったのかもしれません。
参考にした本☟
